三軒茶屋で東京芝居倶楽部、落語とコントとラーメン屋

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東京芝居倶楽部は、俳優矢崎滋さんの劇団。

劇団員のみんさんのコントと矢崎さんご本人の落語で、数年来ミニ・シアターで年末に公演があります。『年忘れ 落語&コントの会』。やっと初めて観にいけました。

満員でも100人足らずの小劇場なので、俳優さんたちの息使いまで聞こえそうな距離でしっかり楽しめた。舞台装置も大道具もない。小道具といっても携帯電話とか雑誌程度のものしかないので、演技力勝負!!!
コントは二人一組で構成や題目も違っていて、本当に面白かった!

演技力勝負の生の舞台は、鉛筆や木炭のデッサンみたいなものかも知れない。
大道具や煌びやかな衣装がないことが、コントの構成や筋、つかみにおち、そしてせりふや演技をシンプルにストレートに伝えてくれた。

矢崎さんは前半と後半の二部にわけて、落語『子はかすがい』を聴かせてくれました。
矢崎さんはもちろん噺家さんではないけれど、さすがに話もうまかった。
お父さんが言語学者だったので、言葉を大切にしていた家庭環境だったそう・・・。

映像ではない、言葉でしか表現できない面白さを伝えたいと・・・。

だから、落語なのだ!!!

ことばとことばの“間”の面白さとか、話を聞いて広がるイメージの面白さとか。
視覚的な要素がない、言葉だけを聴いてイメージさせるラジオドラマとかと似ている。
まして日本語の持つ、表現は奥が深い・・・し。

矢崎さんの前置の中にあったように、なるほど映像はずっーと連続していて、話の中の“間”にあたるものの表現がかなり難しい・・・、それが映像の限界だと。

この“間”というやつ、演劇や映画では俳優さんが『せりふの行間』を表現する・・・っていう話と共通するのかもしれない。
クラシック音楽だと楽譜の中の“休符”?かな。

じゃあ、平面絵画だと・・・。

“空間”、“空白とか余白”、色をつけると“白の部分”、画面上で“何も描いてないところ”ってことではないかなと思う。“スペース”。
いい作品は、何も描いてないところに“何か”をイメージさせてくれる。
色かもしれないし、形や、何かの記憶や、風景の一部かもしれない・・・。

鉛筆や木炭のデッサンでも、何も描かれていない空白(紙の地色)の部分が、モチーフに色彩やドラマを見せてくれたりもする・・・。

ん・・・っ。
この間のライブコンサートのそうだったけれど、やっぱり、違うジャンルの表現から得るものは大きいものがあります。
面白い気づき方が出来る・・・!!!

と、ステージを振り返りながら帰りに寄った、三軒茶屋すずらん通りのラーメン屋『ヤンヤン』の外観。中華系。
このキッチュな感じ、なぜか中華料理屋とかラーメン屋は、こういう風情のほうがうまそうに思える・・・。
こういう風情・・・、この場合は、ねんきの入った赤の電飾看板やちょっと古そうな店内とテーブルにいす、などなど・・・。

この色合い、昔はケバくて好きにはなれなかったけれど、そこはやっぱりアジア人。日本人。
齢とともに不思議と自分の中に馴染んでくるものですね。

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